第12話 : 『真っ二つ』

【体験者:@管理人】 2008/11/07 公開作品


割と最近の話ですが、今考えても不気味だと思うような体験をしました。
理解に苦しむ…そんな表現が適切かもしれません。

この体験をしたのは、今から遡る事1年前の2007年9月の頃でした。

秋の色に染まり掛けた山々の紅葉を見ようと思い立った私は、
車を走らせ群馬県の秘境に向かいました。
名勝との誉れ高い、とある峡に差し掛かった頃、フロントウィンドウに雨粒が落ちてきました。
せっかくの遠出なのに、どうやら天候が荒れてきたようです。

これでは紅葉を楽しむどころでは無くなってきたな、と思った私は、
そのまま車を引き返し、とりあえず雨を凌げる所を探す事としました。

数キロは走ったでしょうか。

不意に空に晴れ間が覗き、雨粒はピタリと止んだようです。
何となく間の抜けた感じがしながらも、私は車から降りて一服入れる事としました。

目の前に自動販売機が立っていました。
何気なくジュースを購入し、ふと目をやると右手の崖の下にキラッと光る何かが目に入ってきました。

霧のようなモヤがかかっていて見にくいのですが、尚も目を凝らして見てみると、
それは古ぼけた腕時計のようでした。
その鏡板が何かに反射したのが私の目に入ったようです。

『何でこんなものがこんな所に…』

私が居るこの場所は、確かに道路が走ってると言えばその通りです。
誰かが来て、この場所に時計を捨てたといえばそうなのかもしれません。
しかし、山中の奥深い枝道で、人の気配など微塵も感じられない寂れた場所なのです。

気になった私は、その腕時計の落ちている場所に近づいてみました。

すると、腕時計の周囲にはライターとカバンのベルトらしきもの、
更には何故か、何かの電源と思われるようなものが落ちていました。

それだけでも充分おかしいのですが、考えてみれば何故このような場所に自動販売機があるのでしょうか。
商品は並んでおり購入も出来るので、確実に動いてはいるのです。
しかし、改めて述べるまでもなく、ここに人が来る事自体が考えにくいような場所なのです。
実際行ってみれば解ると思いますが、誰もが無理なくそう感じる場所なのです。

『何だか変だな…』

そう思った瞬間、何かがサッと動いたような気配があり、私は思わず振り返りました。
視線は停めていた私の車を捉えました。

車のフロントウィンドウに男の顔が映り込んでいました。

『えっ』

次の瞬間、男の顔の下半分が真っ二つに切り取られたように、上半分だけになりました。
ちょうど、人物が写った写真を鼻を中心にしてカッターで切り取ったような感じです。

次に瞬きをした瞬間、その顔はもうありませんでした。
フロントウィンドウには何も映り込んでいません。

目の錯覚に違いありません。
というよりも、そう思いたいのです。
しかし、そうだとしても余りにもはっきりと見えたのです。

辺りはまだ明るい時間帯です。
木々のざわめきも心地良いような、薄暮を迎える少し前といった時間なのです。

何とも言えない薄気味悪さを感じた私は、その場所を離れる事にしました。
とはいえ、車に戻るのも気味が悪いのです。
たった今、この車の中で起きた事が何なのか、事実なのか幻なのか、
まるで検討がつかずに、ただただ気味が悪いのです。

辺りはだんだんと暮れかかってきました。

躊躇いを抱えながら何を気になったのか、私は腕時計の方に目をやりました。
相変わらず鈍い光を放ちながら、腕時計は悄然としてそこにうち棄てられたままです。

私は意を決して車に戻る事にしました。

微かに震える手でドアを空け、運転席に乗り込みました。
そのまま間髪を入れずにエンジンをかけ車を急発進させます。

焦りと不安な気持ちを必死で抑えながらもガタガタの道を進むと、
ものの50メートルも進まないうちに道は草木に覆われるような形で先が無くなっていました。

ますます焦りを募らせた私は、今度はバックでT字路まで戻る事としました。

首を反らせ、ただ後ろを見ながら必死にハンドルを握ります。
やがて先ほどの自動販売機が見えてきました。
向かって反対の崖には、例の腕時計が落ちているはずです。

何とも言えない悪寒を覚えた私は、もう無我夢中でバックを続け自動販売機を越しました。
やがてT字路に差し掛かります。

切り返しのために前を向かなければなりません。
しかし…。

"今、前を向いてはいけないのではないか…"

何の根拠もありませんが、私にはその時そう思えてならなかったのです。
車を停めた状態で後ろを見たまま、私の全身には脂汗が浮かんできました。
ガタガタ小刻みに体が震えているのがはっきりと自覚出来ます。
バックする時に鳴るピーピーという音だけが鳴り響いています。

私は手探りでオーディオの電源スイッチを入れ、ボリュームを一気に最大にしました。
その勢いで、あらん限りの勇気を振り絞って前に向き直ったのです。

何も居ませんでした。

全身の力が抜けていくのを感じました。
極度の緊張なのか、あちこちの筋肉が痛み、掌が引き攣ったような感覚すらあります。
喉がカラカラに渇いていました。

切り返し、私は急いでその場所を後にして山を降りました。
やがて市街地に入り、賑やかなネオンの中に車は吸い込まれていきます。
とにかく人の姿を見る事で日常に戻ったような気になり、私はようやくホッとした気持ちになりました。

そのまま高速道路に乗り、家路を急ぎます。
日付も変わる頃、私は無事に家に帰り着く事が出来ました。

今日の出来事はいったい何だったのか、あそこには何かあるのか…。

気になった私はインターネットでの情報を頼りに調査を開始しました。
しかし、あの場所で何かしらの事件があったなどという事は何も見つかりません。
それどころか、その近辺一帯にまで範囲を拡大したところで、
過去に事件や事故があったというような記事は何も見つからないのです。

では、あの時私が見た男はいったい何者だったのか…。
何故顔が真っ二つに割れたのか…。
あんな所に自動販売機があるのはいったい何故なのか…。

意味が解らない、そんな状態でした。

群馬県の山中で体験した不可解な体験。
あの場所は、今でも当時と何ら変わりなくそのままになっているのでしょうか。
そして、訪れる者を静かに待ち構えているとでもいうのしょうか。

何より、あの男はいったい何者だったのでしょうか…。