第24話 : 『誘拐犯』

【体験者:@管理人】 2014/10/13 公開作品


都内、とある住宅街を走り抜ける私鉄の沿線。
細い路地から踏切を渡ると、そこからは線路沿いに進むと幹線道路に繋がります。
そこを歩いていた私の身の上に起こった不可解な出来事。

ちょうどそこは電車と並行するように細い路地が伸びているところ。
歩いているすぐ脇を激しく往来する電車の姿に目をやりつつ先を急いでいた私の目に、
ある不可解な光景が飛び込んできました。

それは、電車の窓から大きく身を乗り出してこちらに手を振っている男の姿でした。
一瞬、

『えっ?』

と声を出してしまいましたが、それは紛れもない一瞬の出来事でした。
あっという間に通り過ぎた電車を唖然として見送る私。

『何だ今の人は…』

そう思いましたが、ちょっと頭のおかしい人かな、くらいに考え、そう気にすることも無かったのです。
ただ、何かが引っ掛かっていました。

小柄で猫背、独特な髪型、何より特徴的な顔立ち。
それは、何処と無く男の顔に見覚えがあったような無かったような曖昧さがあったからです。
一瞬のことながら、その男の顔が私の心に焼き付いていました。

一週間ほどしたある晩、私は悪夢にうなされたのです。

夢の中で、私はタクシーの後部座席に乗っています。
運転手の顔ははっきり見えません。
そして私の横には中年になりかかった年頃の男が座っていました。

電車の窓から身を乗り出していた、あの男です。

今度ははっきりと顔を見ました。
やはり間違いなく何処かで見た顔なのですが、思い出すことが出来ません。

その男が私に話し掛けてきたのです。

『君、僕のことを知ってしまったんだよね?ねえ、知ったんでしょ?ふふふ…』

顔は真っ直ぐ前を向き、視線も前を向いています。
いったい誰に話し掛けているのか、最初は解りませんでした。
しかし、ふと手元を見ると、その男の手は私の手をしっかりと握りしめており、とても強い力で握ってくるのです。

おかしなもので、夢を見ているという自覚がはっきりとあるのです。
にも関わらず、私はとても恐怖を覚え、必死でその手を振りほどこうと抵抗を試みます。

すると、何故か男の顔の皮がゆっくりベロンとめくれ始めながらこちらを向き始め、私は思わず、

『うわ!!』

と悲鳴をあげるのですが、どうにも目を覚ますことが出来ません。

"これは夢だ!頼むから目が覚めてくれ!"

心の中ではそう叫んでいても、どうにもしようもありません。
悪夢は延々と続くのです。

見ると男の手がいつのまにかドス黒く変色していました。
腐りかけているようにも見えます。
その手が今度は私の喉元を目掛けてゆっくり近づいてきました。
必死に振りほどこうとしますが、どうやっても体が動かせず、男の成すがままになってしまいます。

恐怖のあまり、私は無意識のうちに両目をつぶってしまったのです。

やがて、首を絞めつけられるような感覚が私の体を駆け巡ってきました。
それからいったいどのくらいの時間が経ったでしょうか。

ブチッと神経が切れたような鈍い音がしたのと同時に私は目が覚めました。
物凄い量の汗をかいており、体が硬直しながらも激しい悪寒に襲われていました。

『…夢、なんだよな…』

そんな独り言をつぶやきながら、やはり心に引っ掛かる何かを感じていました。
あの男の顔…見覚えがある…。
小柄で猫背、独特な髪型、特徴的な顔立ち、モゴモゴと篭ったような口調の話し方…。

しばらくして、思わぬことからその男が誰であったのかが解りました。
昭和35年、身代金誘拐殺人事件を起こして逮捕され、既に死刑が執行された男。

男の名は本山茂久。

雅樹ちゃん事件として当時大きく報道されたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

私の中で曖昧だった記憶がこの男の姿とピタリと符号したとき、どうにも体の震えが止まりませんでした。
いったいどんな因果でこの男が私の前に姿を現したのか。
もうすでにこの世に居ないはずの男、そして夢の中で起きた恐ろしい出来事。

どのように解釈しても、何処でどう結びついたのかが理解出来ないのです。

そして、この男を初めて見たのが、電車から身を乗り出し私に向かって手を振っていた姿。
しかし、この電車は今は窓なんて開けることが出来ないのです。
数十年前の古い車体仕様ならいざ知らず。

では、あのとき見た電車そのものはいったい何だったのか…?

他人の空似と私の記憶とが交差して恐ろしい夢を作り出したとも言えます。
しかし、それであれば体験の発端として起きた事象は何だったのか?
これに合理的な解釈をすることが出来ず、全てが不可解との思いは消えません。

あれから随分と時間が経った今でも、この体験が何だったのかが私には一向に解らないまま。
言いようのない恐怖だけが心に残っているのです。