第25話 : 『消えた車』

【体験者:@管理人】 2016/10/28 公開作品


太平洋を望む高台は、投身自殺の名所としても知られている…それが太東埼です。

私がここへ取材で訪れたのは、秋の気配が迫りくる九月下旬のことでした。
この太東埼は、かねてより私は近隣スポットへの観光がてら日頃からよく訪れていた場所でもあったので、
それまではさほど恐怖を感じるような場所ではありませんでした。
昼間に限った話ではありますが。

取材の日、午前二時前に現地入りした私は、とある軽自動車が停まっていることに気がつきました。

『誰か同じような人がいるのかな、絡まれたら嫌だな…』

離れたところに車を停め、とりあえず様子を伺ってはみたものの、周囲に人がいる気配はありません。
事件に巻き込まれる危険も考え、まずは何処にいるのかを確認することとしました。
小高い丘の上まで移動し、全体を見渡せる場所から辺りを確認したのです。

眼下には真っ暗闇の中で太平洋の荒波が月明りに照らされています。
崖の突端には転落を防止する柵が設置され、これもまた月明りに微かに浮かび上がっています。

ふと目をやると…。

その柵の右奥の少し凹んだところ、そこに男が一人佇んでいたのです。

『あ、さっきの車の人かな、ここにいたんだ…』

そう思って、私はその男の様子をしばらく見ることとしたのです。
男は特に何をするわけでもなく、ただボーと海を眺めているようでした。
何をしに来ている人なのかなと不審に思いながらも、私も自分のことを言えたものではないなと思い直し、
現地の取材に着手することとしたのです。

カメラを構えてフラッシュを炊くので、相手にとっても不審がられてもかなわないと思った私は、
男に一声掛けてから取材を開始しようと思いました。

『すみません、あのですね…』

声をかけた途端、男はスッとその場を離れ、闇の中に去っていったのです。

『何だかな…』

しかしまあ、こんなところで声を掛けられたら気持ち悪がるのも無理はないか、そのときはそう思いました。

岬の突端、砲台跡、あちこちの様子をカメラに収め、先ほどの駐車場まで戻ってきたのです。
気にはしないようにしていましたが、やはりこの真っ暗闇の中に得体の知れない男が一人いる。
そういう状況に、何だか落ち着かないものを感じていたのです。

駐車場には軽自動車が残されていました。

『まだいるんだな…』

取材ポイントとして残っているのは、あとは灯台ぐらいなものです。
私は歩いて灯台に向かいました。

何かの機械が作動しているのか解りませんが、灯台からはカチッカチッという音が規則正しく聞こえてきます。
その音に混ざって、今度はガサガサッという大きな音が聞こえました。
不意な物音にドキッとした私は、慌ててそちらの方向に目をやったのです。

そこにはさっきの男の姿がありました。

私は何事もなかったように装って取材を続けます。
男がこちらに近づいてきました。
不自然なぐらいに距離が近くなり、男が私のすぐ横を通り過ぎて行ったのです。

"フッ…"

確かにそんな含み笑いのようなものを漏らして、男はまた崖の方へ向かって行きました。

『気味の悪い奴だな…』

私は一応は男の様子を警戒しながら最後の数枚をカメラに収めるために周囲を探索していきます。
再び駐車場に戻ってきました。
車はまだあるので、男はまだここにいるのでしょう。

案の定、目をやると男は柵の前で先ほどと同じようなポーズで海を眺めています。

『そろそろ帰るかな…』

そんな独り言をつぶやき、私は帰り支度をし始めました。
そのときです…。

"ドン!ゴキッ!バキバキバキッバキッ!"

静寂の広がる中、男が佇んでいた方向から突然物凄い衝撃音が響き渡ってきたのです。
私は驚いて、何事があったのかと一瞬目を離していた男の姿を確認しようと目をやりました。
が、そこには既に男の姿はありませんでした。

慌てて周囲を探してみましたが、男の姿は何処にもありません。

先ほどの物凄い音の正体も気になってきました。

"まさか…飛び降りじゃないだろうか…"

いかんせん、この真っ暗闇の中ではどうにも調べようもありません。
嫌な想像ばかりが頭をよぎります。
一刻も早くこの現場を立ち去った方が良いのではないか、そんな不安に支配されてきました。

不気味さを感じながら駐車場に戻った私の目に驚くべき状況が飛び込んできました。
先ほどの軽自動車が忽然と姿を消しているのです。
有り得ない状況です。

私は小高い丘から男の様子を見ていました。
ここからは男の姿も確認出来ますし、同時に駐車場も見渡すことが出来ます。
つまり、全ての状況が一望出来る状況にあったわけです。

男から目を離したのはほんの一瞬です。
柵を乗り越えて崖を歩き、飛び込んだとしても、時間的に無理があり過ぎるのです。
軽自動車がエンジンをかけた音もなども全く聞こえませんでした。
全ての状況が不自然過ぎるのです。

私はもうそこで底知れぬ恐怖を感じ、すぐに撤収して帰路につきました。
背中に薄ら寒いものを感じながら…。

真っ暗闇の中から聞こえてきた何かが激しく衝突するような音。
男と軽自動車が同時に消えてしまった不可解な出来事。

真相は今でも解りませんが、それらは今となっては嫌な想像を掻きたてるものでしかありません。