第8話 : 『奇妙な遭遇』

【体験者:@管理人】 2004/05/12 公開作品


この話は、私が数年前に体験した出来事です。

当時大学生だった私は、自宅から駅までの通学にバスを利用していました。

大学生の特権というのでしょうか。

当時の私には比較的自由な時間があり、かなり自由気ままな生活を送っておりました。
講義も出たり出なかったりという、いわゆるぐうたら大学生です。

そんなある日。

私は夕方からの講義に出席する為に、昼過ぎくらいから出掛ける準備をしていました。
一通り身支度を済ませ、いつものバス停へと向かいます。

何という事もない、普段通りの穏やかな昼下がりの光景です。

待つ事10分ほどでバスはやって来ました。
郊外のローカルな路線バス、ましてや昼過ぎの時間帯ですので乗客はほとんど居ません。

料金を支払い、乗り込んでから見渡してみると、先客は2名でした。

最後尾の長椅子に30代くらいの女性と60代くらいの初老の男性が並んで座っていました。
私は、出入口付近の横椅子に座り、その2人に横顔を見せるような格好で座る事にしました。

駅に着くまでだいたい20分くらいです。

私は特にやる事もない退屈さから、2人の会話を聞き流して楽しむ事にしました。
たわいもない会話が始まるのかな?と思いながら、何となく時間が過ぎていったのですが…。

10分ほど経過したでしょうか…。

いつまで経っても、その2人は一言も会話を交わさないのです。

『あれ?知り合いの2人じゃなかったのかな?』

しかし、そう思ったのは一瞬でした。
考えてみれば、昼下がりのバスの車内。
もし他人同士ならば、ピッタリ並んで座る必要なんて何処にもないのです。

『何か変だな…』

気になり始めた私は、必然的にそちらに意識が向かい始めました。
時々横目で2人の様子を伺ったりしていたのですが、会話など一向に始める気配がありません。
…というより、隣に相手が居る事すら解っていないようにも見えるのです…。

相変わらず、バスはのらりくらりと走っています。

バタン!!

突然の音が静寂を破り、私は思わず辺りを見渡しました。

見てみると、どうやら女性が荷物を倒してしまったらしいのです。
おそらくバスが急停車した為なのでしょう。

『済みません…』

女性の声が閑散とした車内に響きました。
でも、その声は運転手と私に向かって発せられているのです。
男性の体に思い切り当たっているのにも関わらず、です…。

『相手にぶつけてんのに…』

私は心の中でそう思っていました。

やがてバスは大渋滞に巻き込まれ始めました。
駅までの途中に三叉路があり、そこは恒例の渋滞ポイントなんです。

さすがにこの日は出席しないとまずいので、私はバスを降りて駅まで走る事にしました。
ブザーを押すと、やがてバスは停留所に着きました。

私は降りる間際、チラッと最後尾の席に目を向けました。

初老の男性と目が合いました。
その人は、何故か私の事を目で追っているようでした。

『何だ、あの人…』

私はバスを降り、駅に向かって走り始めました。

渋滞は相変わらず続いています。
小走りに駅に向かって行った私ですが、やがて道路も流れ出したようで、
先ほどまで私が乗っていたバスが、私を追い越して駅へと向かって進んで行ってしまいました。

『何だよ〜、損したなぁ…』

そう嘆息する私の目に、驚くべき光景が飛び込んできました。

ガッシャーン!!

あろう事か、そのバスは、一つ先の交差点で横から突っ込んできたトラックと衝突したのです!

『おいおいおい…』

驚いた私は、その現場まで急いで走ったのです。
人通りのあるところでしたので、既に野次馬が出来上がっていました。

バスの側面はベッコリとへこみ、タイヤからは液体が染み出していました。

『運転手と乗客は無事なんだろうか…?』

そう思った私は、背伸びをして車内を見渡してみました。
運転手は怪我もしていないようで、窓から身を乗り出し、盛んに何事かを叫んでいます。

『お客様が1名!今から車体を移動する…』

『…??』

私はもう一度車内を見渡してみました。
最後尾の長椅子に座っている女性の姿が確認出来ました。
ちょっと驚いた様子ではありましたが、たいした怪我もしていないようです。

でも…そこには1人しか居ないんです…。

先ほどまで居たはずの、初老の男性の姿が消えているんです…。

『…』

あり得ないんです。

どう考えても、バスから降りている訳がないんです。
私が降りた地点から事故現場まで、途中にバス停はありません。
私の目が届く範囲にバスは居たので、動きがあればそれと解るはずなんです。
だから、車内から居なくなっている事自体、おかしいとしか言いようがないのです。

それに、何だかタイミングが良すぎるんです。
事故が起きる前後の事、車内での不自然な印象…。

翌日、私は目を皿のようにして新聞を読みました。
小さな事故だった為か、新聞欄には何も載っていませんでした。

私が体験した出来事は、いったい何だったのでしょうか…。

そして、あの初老の男性はいったい何者だったのでしょうか…。
この世のものなのか、あの世のものなのか…。

忽然と消えてしまった初老の男性。

それ以来、私は乗り物に乗る時には、必ず乗客の顔を見てしまう癖がついてしまいました。
まるで、事故へと誘う"何者"かが乗り込んでいないかを確かめるかのように…。